ピーター・バラカン氏が語る「ミュージック・ソムリエへの期待」
ブロードキャスター ピーター・バラカン
ブロードキャスターとしてTVやラジオで発信を続けているピーターさん、良質な音楽の紹介だけでなく、多角的に世界に目を向けることの重要さをも教えてくださっています。ミュージックソムリエ協会の本格始動を見据え、「心の糧」である音楽と、音楽を取り巻く現況を語ります。
音楽の商業化は世界的な現象
僕くらいの世代は、初期のロックンロールをリアルタイムに近い状態で聴いてきたし、ポピュラー音楽の成長を、社会情勢と共に体験してきた。今の若い人たちは、下手したら洋楽をほとんど聴いていないのではないでしょうか。FMラジオは80年代くらいまでは洋楽中心だったし、その前の時代の音楽も特集という形でちゃんと伝えていた。J-POPという言葉が定着したのは1990年くらいですが、それ以降のFMは商業主義と結びついてJ-POP一色に塗り替えられてしまった。音楽の商業化は日本だけじゃない、世界的にそうです。みなイメージ先行、バンドも曲も寿命が短くなっています。
かつては何十年と残っていくメロディがあった、それを知らせる人間が必要
70年代くらいまでは、何十年でも残っていくメロディがたくさんあった。それがヒップホップ中心になってからは、メロディの要素が弱くなってしまって印象に残らない。今の人たちは、心に残るような曲を知らない。それはメディアがそういう曲を伝えなくなったからです。ネットで探せばみつかるし聴くこともできる。でも案内がなければ、そもそもどうやって探したらいいのかわからないでしょう。聴きたくても巡り会えないんです。だから僕は、細々とかもしれないけれど、昔の良い音楽を伝えたい。必要最低限の情報を付けながらね。そうすれば音楽を知ることができる、触れることができるでしょう。もっともっと、僕みたいな人間が増えることを願います。
ミュージック・ソムリエも番組を持つといい
ミュージックソムリエ協会が音楽を紹介していく番組を持つ、これはいいと思います。今のデジタル技術なら、USENのような事業の中でミュージック・ソムリエのチャンネルを持つことは難しくないんじゃないかな。アメリカの衛星ラジオは面白いですよ。車のGPSを使って、どこでも衛星ラジオを受信できる。それによって有線なみのチャンネルを車で聴けるようになったんです。アメリカは実利主義的な国だから有料ですが、月々の料金は15ドル程度。それで100チャンネルくらいをどこでもいつでも聴ける。チャンネルはすごく細分化されていて、60年代のロックだけとかね。安いとはいえ有料だからコマーシャルが要らない。だから資本原理に関係なく、思い通りの番組が作れるんです。ボブ・ディランがDJを3年間やったこともありましたよ。あのだみ声でね。本人が選曲もするのが売りで、実際にすごく面白かった。もちろんサブスクリプションを払って聴いてくれる人あってのことだけど。そういう番組が作れるシステムは、ラジオの可能性を広げます。
不足しているのは人材、将来に音楽を届けるDJの育成を
でもチャンネルがあっても、音楽を紹介する人材がいなくてはしょうがない。将来のDJを育成することは絶対に必要です。僕だって最初はただの音楽好きだった。飲み友達にたまたまオーディションに誘われて、この世界に入ったんです。最初はアシスタント役で、喋りの技術もゼロだった。でも好きな音楽を自分で選曲して電波に載せると、それについて喋りたくなるんですよね。思いを持って自分で選曲し誠実に語れば、リスナーに音楽を届けることができる。どこかで人はコミュニケーションを欲しがっているんです。選曲もいいけれど、喋ってくれることが好きだと言ってくれるリスナーが少なからずいます。僕が昔、イギリスでラジオを聴いている時も同じでした。だからときおり初心を思い出して、マニアックになったら初歩的なところも説明するようにしています。定番のリクエストも大事にしたいし、新しい曲も紹介したい。そのバランスの兼ね合いは何年やっていても難しい。勉強に終わりはないですね。
妥協のない、誠実な音楽。ソウルが宿る声
僕にとっての“いい音楽”とは、とても主観的なことだから言葉にするのは難しいけれど、やはり時間を経ても残っている音楽だろうと思います。それと妥協がない音楽。声や演奏に誠意があり、人の痛みがわかる、そういう音楽ですね。ブルーズなどは如実に伝わるけれど、その人の声に痛みや切なさ、もっと言えばソウルがあるかどうかが、僕の基準です。 僕はいわゆるワールド・ミュージックもよく聴くんですけど、最初に聞き始めたのは80年代半ば、ロックがつまらなくなった頃からです。この頃には誰もがドラムマシーンを使うようになって、個性がなくなった。僕はそういうものをラジオで紹介することが苦痛になりました。そうなるとビルボードのチャートにも好奇心が持てない。これでは大好きなラジオの仕事をやめなくてはならないのか、と焦りました。その頃、たまたまセネガルとかマリなど、フランス語圏の西アフリカから耳慣れない響きの音楽が聞こえてきた。まず音の作り方とか発声法、楽器の響きなどが新鮮で、やがてその中身にも興味を持つようになりました。
データベース化は賛成、あとは音楽を案内する人材を
昔は良いレコードでも廃盤などで入手困難になることがあったけれど、今は一度ディジタル化してしまえば、永久になくならない。とりあえず膨大なライブラリーを作って、そこに誰でもアクセスできれば理想的でしょう。あとはどうやって音楽を紹介していくかが問題です。インターネットで音楽を入手できれば、ラジオ離れはもっと進むでしょう。現在の放送局はリスナーを大事にしていない。民放はスポンサーがいなければ番組が成立しないのは事実です。だからといって、スポンサーの意向などたいしてないのに、それを過剰にくみ取って紋切り型の番組を作っている。そんなのは面白くないからリスナーは離れていきますよ。そうやって、音楽との出会い方が変わっていく。何度も言うようですが、音楽との出会いの場となるメディア、そしてそこで音楽を案内する人材が本当に必要なのです。そういう意味でもミュージックソムリエ協会の理念には賛同します。
心の糧である音楽を、これからも伝え続ける
僕にとって音楽は「心の糧」です。太古の昔から人間は歌い、骨や土で作った笛を吹き太鼓でリズムをとった。音楽のない民族や文明はなかったはずです。なぜ人間はこんなにもずっと音楽を求めてきたのでしょうか。その答えを探しつつ、僕は音楽を伝え続けていこうと思っています。
取材・構成:山崎広子
ピーター・バラカン氏(ブロードキャスター)
1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。現在フリーのブロードキャスターとして活動、「Barakan Morning」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「CBS60ミニッツ」(CS ニュースバード)、「ビギン・ジャパノロジー」(NHK BS1)などを担当。twitterのアカウントは@pbarakan。
著書に『200CD+2 ピーター・バラカン選 ブラック・ミュージック アフリカから世界へ』(学研)、『わが青春のサウンドトラック』(ミュージック・マガジン)、『猿はマンキ、お金はマニ 日本人のための英語発音ルール』(NHK出版)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社+α文庫)などがある。
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